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兄さんが背負い過ぎなRPGことTOG-fで背景が無いブログ 全員愛すけど兄弟贔屓で弟→兄 他の傾向はココで(一読推奨)
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もういい、俺も寝る

「えっ、兄さ……うわあっ!」
 一体誰だ気持ち良く寝てた人間の耳元で叫んだ奴は!飛び跳ねまくっている心臓の音が体中で響いている中ですっかり冴えてしまった目を絞ってみた、誰かが俺のベッドから転がる様に出ていったかと思えば、ドスンという鈍い音と共に「痛っ」。そのまま転げ落ちたのか、もう夜中だろ。こんな時間に笑いを提供されても困るぞ。
 ……今の声、ヒューバートじゃなかったか?兄さんとか聞こえた気もするし。立派に成長したヒューバートが子供さながらベッドから転げ落ちた様子を想像しても笑うなってのは到底無理な話だ、口を左手で押さえて天井を睨みながら笑いを押し殺す。俺は今、物凄く頑張っている!
 ヒューバートの顔が目の前にズイッと現れた、メガネをしていない。転げ落ちた時に落としたのか、そもそも掛けてなかったのか?とは口塞いでるから聞けないし別にどっちだっていい、今は笑いを押し殺す事が大事だ。後々面倒臭くならない様にヒューバートのプライドを傷付けたくない、もう笑ってる様なものなんだが!
「押し殺せてません、漏れてます。手伝ってあげましょうか」
 不穏なものを感じた矢先、ヒューバートが俺の左手の上から俺の口を更に押さえ込んだ。塞がってるって、鼻の穴がしっかり塞がっちゃってるって!……親父、もうすぐ俺もステュクスを渡る事になるかも知れない。
 あ、マズい。本当に苦しくなって来た。こんな死に方したら親父に怒鳴られる!即座にヒューバートの手首を掴んで手を剥がそうとした途端、ヒューバートの手は飛び上がる様に離れた。空気が美味い。親父、まだ会うのは先になりそうだな。
「はー……お前が鼻まで塞ぐもんだからさ、途端に息苦しくなったぞ」
「そうとは知らなくて、大体その、ぼくは戯れのつもりで……」動揺していたヒューバートが突然わなわなし出す。俺の耳元に口を寄せ、静かながらも声を荒げた。「というか苦しいなら苦しいって言って下さいっ」
「口塞がってたのに苦しいなら苦しいって言えなんて無理だろ」
 上半身を起こしながら笑って言うと、ヒューバートは言葉に詰まって歯痒そうな顔をした。そういう表情は小さい頃と変わってないなと言おうと思ったが、躍起になって否定されそうなので止めておく。
「そもそも兄さんがベッドから落ちたぼくを笑うから――」途中で飲まれた言葉を聞いて思い出した。そうだった、ヒューバートの奴、俺のベッドに入って来たんだった。もう忘れそうになってたな。
「そもそも返しって訳じゃないけど、そもそも何で俺のベッドに入って来たんだ?」
「は、入りたくて入ったんじゃありませんっ」メガネをしてないのに眉間に指を持っていくもんだからジッと見ていたら、手を慌てた動きで口元に持っていって小さく咳払いをした。「……ベッドを間違えたんです、水を飲みに行くだけだからメガネしなくていいかと物ぐさになってしまったせいで、水は飲めたものの詰めが甘かったというか最後の最後で目測を誤ったというか……と、とにかく失礼しました」
 ベッドを間違えたという事より、語尾が近付くにつれて段々ぼそぼそとした声になっていったのが可笑しくて、少し笑ってしまった。
「時々は物ぐさになるぐらいがいい」ベッドから出たついでに、ヒューバートの枕元に置いてあるメガネを手に取って渡した。メガネを掛けながらヒューバートが考え込む様な表情を見せたので、すかさず続ける。「ぼくはそうは思いませんって言おうと思ってるかも知れないけど」
「……先回りは止めて下さい」
 ぼくは昔とは違うんですと何かと言うが、今の不貞腐れた顔といい、さっきの歯痒そうな顔といい、俺は小さい頃に何度も見た。素直な笑みは未だに殆ど見た事はないものの、徐々に解けていくだろう。一緒に行動する様になってから間もない内は、不貞腐れた顔も歯痒そうな顔も見せなかったんだから。
「大丈夫だよ」
 ヒューバートの肩にそっと手を置くと、怪訝そうな顔をしながら「先回りされた事がですか?」と聞かれた。違うよ、という言葉の代わりに笑みを返すと、ヒューバートは二、三度大きな瞬きをした。
 テーブルに置かれているウォーターピッチャーの隣にあるコップの中が濡れている、ヒューバートが使ったんだろうか。
「このコップ、使ってもいいか?」
「別にいいですよ、マリクさんに言われたら即座に断りますけど」
「い、言っちゃったな」
 椅子に座り、水を注ぎながら教官が寝ているベッドに目をやった、背中を向けて寝ている……様に見える。俺達は出来るだけ声のボリュームを落として話しているけど、教官の事だから寝ている振りをして聞き耳を立てていてもおかしくない、という事を承知の上で言ったのかと思いながらヒューバートを見ると、未だに怪訝そうな顔をしている。
 水を飲んでいる最中に目が合ったが、即座に目を逸らされてしまった。一瞬だけ動揺が見えた気がする。大丈夫だよ、という俺の言葉と、質問に笑みだけで返した事が引っ掛かっているんだろう。どう考えているのか分からないが、そんなに考えなくてもいいのに、と言ったら言ったで、更に気になってしまうだろう。余計な事したかなと思いながら、ヒューバートの意識をそこから外すにはどうしたらいいだろうと考える。
「なあ、そう言えばさ――」ヒューバートが目を合わせた。「子供の頃だけど、俺も間違えてお前のベッドに入った事あったよな」
「間違えてたんですか?手前にあったから入ったとかそういう気分だったとか言って、間違えたとは一度も言ってなかった記憶があるんですけど」
 うっ。間違えてベッドに入ったと言うのが恥ずかしくて、適当な理由を言って誤魔化していたって事は忘れていた。
「頭掻くんですか?」無意識の内にいつの間にか上がっていた右手を急いで下げた。ヒューバートが得意気な笑みを浮かべている、そんな顔されてもなあ……まあいいか、目標は達成出来た気がするし。
「そのまま一緒に寝たりもしたよな。とは言っても、間違えたって事を認めたくない故に俺が強引に寝たんだけど……」小さい頃の自分が嫌いな俺に対しても、楽しかった昔の思い出は優しいなと思いながら続ける。「あのベッドって子供二人寝るぐらいどうって事ない大きさだったけど、今はどうなんだろうな」
 俺のベッドに腰掛けていたヒューバートが突然立ち上がった。何とも言えない顔をしている、唖然としているという表現が一番近いだろうか。どうした?と声を掛けようとしたら、
「知る訳ないでしょう!」
 いきなり怒鳴られた、ビックリした。表情がさっきとは一変していて、見下ろす目が威圧的にも程があったから思わず「ゴ、ゴメン」と謝ってしまったが、俺って怒られる様な事言ったっけ?いつまでも昔話してるんじゃないって事だろうか、聞くのが一番早いな。
「何でそんな怒っ――」
「ぼくは寝ます、兄さんもさっさと寝て下さい!」
 被せでまた怒鳴られた、もう俺は細かく二度頷く事しか出来なかった。
「くっくっく」という声が室内に響き出す。教官を見ると、肩と背中が細かく揺れている。元々起きていたのか、ヒューバートの今の怒鳴り声で起きたのか知らないが、一体何が面白いんだ。俺がいきなり怒られたからか……夜更けに怒鳴られるわ笑われるわ、本当に情けない。
 ヒューバートの厳しい表情が苦虫を噛み潰したかの様になった。まさかまだ怒られるのかと思ったら、ヒューバートが教官の背中を鋭く睨みつけた。
「笑われる筋合いないんですが」
「え、教官は俺を笑ったんじゃないのか」
 俺の疑問には答えずにヒューバートは教官の枕元まで早足で歩み寄っていく。いきなり横からすっぱ抜かれる教官の枕、マリオネットの頭の様に勢いよくベッドに沈む教官の頭!思わず噴き出す俺、すぐさま振り返ったヒューバートの怖い顔、思わず首を勢いよく横に振る俺!
 体勢そのままで未だ笑い続ける教官の頭に枕を投げやりに置いたヒューバートは何も言わずに自分のベッドに入ってしまった。顔まで勢いよく布団を被ったかと思えば、勢いよく布団をめくってメガネを外して枕元に置いた後、また頭まで勢いよく布団を被り、そのまま動かなくなった。教官も動かない、頭に枕を乗せたままで。
 何なんだよ、急に訪れたこの静寂は!
 取り合えずコップに水を注いで一気に飲み干す。経緯を整理して考えてみようと思ったが、ヒューバートの思考を俺の言葉から外そうと試みたところから始まった――という初っ端でもう諦めた。いきなり怒鳴られた理由が全く分からない時点でお手上げだ。小さい頃に一緒に寝たりしたよな、って言っただけなんだぞ、俺は。
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