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兄さんが背負い過ぎなRPGことTOG-fで背景が無いブログ 全員愛すけど兄弟贔屓で弟→兄 他の傾向はココで(一読推奨)
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ヒューマン・ビーイング

 淡い水色の小鳥は、草花に囲まれている低く若い木を見つけた。枝に止まり、数度細かく跳ねた後に周囲を見る。色とりどりの花々、崖の側にそびえ立つ一本の巨木がガラス玉の様な目に映っている。
 風のそよぐ音と鳥達のさえずりと波の音しかしない中、草を踏みしめる音――人間の音が混ざった。警戒した小鳥が鋭く跳ねて後ろを見る、一人の人間が歩いて来る。小鳥は騒がしく羽音を立てて若い木から飛び立ち、崖の側の巨木の枝へ移った。人間は若い木の側で膝を折る。
「兄さん、こんな所にいたんですか」
 まるで木の枝にでも止まっているかの様に兄さんの体の上を鳥が跳ねていた――畏怖にも近い感情を覚えながら、ヒューバートは花々に囲まれて横になっているアスベルに声を掛ける。ゆっくりと両目が開いていく。紫に染まっている左目の瞳孔の周囲が淡く光るのを、ヒューバートは注視していた。
「どうしたんだよ、ヒューバート」
「別にどうもしませんけど、街の外に出るなら行き先は誰かに伝えておいて下さい。兄さんからしたらこの裏山も庭みたいなものかも知れませんが」
「フレデリックには散歩に行くって伝えたけど……街の外に出るとまでは言わなかったか。それにしても俺が街の外に出たってよく分かったな」
「よく分かったも何も……」上半身を起こすアスベルを渋そうな表情で見つめた後に呆れた様子で、「全然見つからなかったからですよ。まさかと思って門番に尋ね回っている最中にバリーから、散歩に行くと言って出て行かれましたよと聞いたので」
 ヒューバートは街で自由行動になった時に仲間達が過ごそうとする場所の見当は付けられる様になった、兄を除いて。当初は最も読みにくいと予想していたパスカルの行動範囲は意外にも狭く、一方で最も読みやすいと予想していたアスベルの行動範囲は幼少期から変わらず広いままの上に一定しない。
 宿には戻って来るのだから探さない時も多いが、暇つぶしにと探してみても全く見つからない時も多く、その度に彼は見失った兄を半泣きで散々探し回った幼い日の事を思い出し、ほろ苦い気持ちになるのだ。
「鳥にでもなったら見つけやすくなるかもな」巨木の枝に止まっている小鳥を見遣りながらアスベルは続ける。「あの鳥みたいに」
 小鳥を見る事もなく、仏頂面で「ぼくは人間なので無理です」ときっぱり言うヒューバートにアスベルは言葉を返さず、軽く笑っただけだった。
「だってそうでしょう」ヒューバートは抑揚薄く言い返した後、気持ちを取り直すかの様に表情を引き締めた。色の異なる二つの瞳をジッと見据えながら、「そんな事より……ラムダと話していたんですか?」
 興味と警戒と不安が混ざり合ったものが顕著に滲み出ているヒューバートの表情をアスベルは優しく見つめている、感情を表に出す事が殆どなかった頃の彼を懐かしむ様に。
「な、何ですかその目は。黙ってないで答えて下さい」少し動揺した様子のヒューバートに目を逸らしつつ言われ、アスベルは苦笑して頷いた。
「話してない、アイツは寝てるよ。ただ頭の中を空っぽにしてただけだ」
「そうなんですか」ヒューバートは目を丸くした後、あしらう様な表情に切り替えてから続けた。「兄さんの事なら頭の中を空にしようとしてもカレーとかアイスキャンディーの事を考えそうなものですけどね」
 アスベルは「腹減ってたら考えちゃうかもなあ」と笑った後、穏やかな表情を浮かべたままで何も言わずに正面を見つめている。アスベルの横顔を――紫の瞳をヒューバートは歯痒そうに見ていた。何かを言いたいのに何を言えばいいのか分からずにいるのか、彼の右手は側の草花を強く握り締めている。
 やがてアスベルが独り言を言うかの様に小さく呟いた。
「この場所さ、凄く落ち着くんだ」
 草花から手を離しながらヒューバートが言う。「喧騒とは無縁の場所ですし、それにぼく達にとってここはただの花畑じゃないですからね。気持ちは分かりますよ」
「それもあるけどそれだけじゃないんだ、俺の場合」少し首を傾げたヒューバートに目線を向けないままアスベルは続ける。「ソフィが言ってただろ、ここには全属性の原素が集まってるって。あの時は言葉で聞いて納得しただけだったけど、今は感覚的に分かる。ここが特別な場所だって事が」
「つまり……どういう事ですか、兄さん」
「俺、原素を感じ取れるんだよ」
 目線を合わせながらのアスベルの言葉にヒューバートは驚いたらしく、しばらく言葉を失っていたが、やがて平静さを取り戻そうとする様にメガネのブリッジを指で押し上げた。
「やはりラムダの影響、なんですよね」
「アイツは何も答えようとしないんだが、そうとしか思えないよなあ」
 あっけらかんと言った。ヒューバートは首を軽く横に数度振りながらワザとらしく大きな溜め息を一つついて、「何も答えようとしないって何なんですか、影響を及ぼしているならラムダには説明する責任があると思うんですけどね。どうせ兄さんも強く言っていないんでしょう」
「いいんだよ。アイツと一緒にいる事を選んだからには全て受け入れるだけだ。それに――」ゆっくり開いた右手をまじまじと見つめながら、「そのものが持つ原素を感じ取れる様になって前よりも世界が綺麗に見える様になってさ。だからむしろラムダに感謝するべきかも知れないって思ってるぐらいなんだ」
 機微を感じさせるアスベルの微笑から内面を読み取ろうとするかの様に、ヒューバートは彼の目を黙って見つめている。
 風が少し出て来た。花畑の草花がゆらゆらと揺れている。巨木の枝に止まっている小鳥は、足元の枝が風で揺れていようとも平静な目で兄弟を見つめ続けていた。
「他のものを感じる時もあるんだ、この星が――エフィネアが俺に向けてる目線とでもいうのかな」アスベルはヒューバートと目を合わせたが、一つ控えめに微笑んだ後に正面へと目線を移してから、小さく呟いた。
「人間なんだけどな、俺」
 高い音を響かせて一陣の強風が駆け抜ける。強く折れ曲がった草花が擦れ合って立てたザアアッという大きな乾いた音が辺りを一斉に支配し、色とりどりの花びらは宙に舞い踊り、巨木の枝に止まっていた小鳥は騒々しく飛び立ち、兄弟の頭上を飛び去っていく。
 目で鳥を追うアスベルの青の右目は風で流された髪で見えない。何にも遮られていない彼の紫の左目を愕然と凝視しているヒューバートは目に見えて青ざめていた。
「どういう意味ですかそれは、エフィネアは兄さんを人間として認識していないと感じる、そういう事ですか」
 紫の目にヒューバートを映しながらもアスベルはしばらく何も言わなかったが、風の勢いが落ち着いて青の目が髪に遮られなくなった頃に口を開いた。
「怪物みたいに思われてたらどうしようか」
 笑って言うアスベルが直視出来なくなったのか、ヒューバートは目を逸らしてから声を荒げた。「笑って言う事じゃないでしょう、どういう神経してるんですか!」
「だってどう思われようと、俺は人間だからな」力強さの中に威厳すら感じさせる口調だった。アスベルはヒューバートが顔を上げてから続ける。「原素の構成がちょっと変異したってぐらいで、人間は人間だ」
 何処からともなく飛んで来た淡い紫色の小鳥が空に弧を描いてからアスベルの右のつま先に止まった。脚の上を跳ねながらさえずる姿に警戒心など見えない、人間だと認識していないかの様だ。アスベルが右手を伸ばしても、小鳥は恐れるどころか仲間と戯れるかの如く手の平に乗り、羽の手入れを始めた。
 穏やかな光景に見えるが、ヒューバートの表情は身の毛がよだつ程の世にも恐ろしい光景を見ている時のものだった。彼の震える右手が動いた瞬間、小鳥は逃げ飛ぶ。小鳥を追い払おうとした右手が横に振り抜かれた時には小鳥は既に巨木目前で、枝に止まった小鳥は羽根の手入れの続きを始める。
「何するんだよヒューバート、可哀想じゃないか」
「どうして兄さんはそういう風なんですか!兄さんは平然としているのに、どうして……どうしてぼくがこんな気持ちにならないといけないんだよ!逆ならまだしも……!」
 目元を片手で覆い、悲痛な声を上げたヒューバートをアスベルは神妙な面持ちで見つめながら言った。
「そうだよな。俺は、」
 言葉が切れ、沈黙が生まれる。ヒューバートが手をどけてアスベルを窺うと穏やかな微笑があったが、ヒューバートは安心の表情を浮かべるどころか、不穏なものを感じ取っている様だった。
「とにかくだ。こんな俺が兄貴で疲れるだろ。お前にとって理想的な奴が世の中にはいるはずなのにな」
「ぼくに言って欲しいんですか、貴方ではなく他の誰かが兄だったら良かったのにと」苦々しく言った直後、歯を噛み締めアスベルの胸元に掴みかかり、吠える。「絶対に言わない、絶対に!兄さんがぼくの兄でぼくが兄さんの弟です、もし万物が兄さんの事を――!」
 息が詰まりそうな勢いで言葉を飲んだヒューバートがやり切れなさそうにアスベルから目を逸らしつつ俯く。アスベルはしばらく唖然とした様子でヒューバートの向こうに広がっている青空を見ていたが、やがて苦笑を浮かべ、小刻みに震えているヒューバートに目線を落とした。
「良かれと思って言ったのに。いつものお前なら、全くですよとか言うじゃないか……そうだろ?」
 俯いたままで力なくアスベルの胸元から手を離したヒューバートは何も言おうとはしなかった。アスベルはヒューバートの背中に左手を回して引き寄せると、宥める様に軽く二度叩く。
「ゴメンな」
 耳元で囁かれ、ヒューバートの瞳に水分が増える。垂れ下がっていた両腕がアスベルに向かって動いたが、手が届く前にアスベルはヒューバートからゆっくりと離れた。
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